Home > 恩賜上野動物園そのいち > 記憶の中のトントン 恩賜上野動物園 20090201

記憶の中のトントン 恩賜上野動物園 20090201

こんばんは。
今回もちょいと懐かしめの写真、ちょうど3年前くらいのものです。

パンダ舎の通路に掲示されていた上野動物園におけるこれまで飼育されていたジャイアントパンダのパネル。
その中からトントンの思い出を綴った部分の抜粋です。
ueno090201001
ueno090201001 posted by (C)カシワヤ

上野生まれで上野でその生涯を閉じた唯一のパンダ。
木陰から愛くるしい瞳をのぞかせるトントンのモノクロ写真を見るたびに
わずか14年と1ヶ月で死亡したことが悔やまれて、心の中で男泣きしてしまいます。

上野のパンダ飼育の歴史は個人的には不運の連続だったのではと思います。

妊娠中毒で死亡したランラン。
2世誕生を心待ちにしていた関係者の落胆は相当なものだったでしょう。
残されたカンカンは後を追う様に翌年死亡。
しかも新しいペアとして迎えられたホアンホアン来園のわずか半年後でした。
そしてフェイフェイ来園。
しかしながらフェイフェイはホアンホアンに気に入られる事は無く、
自然繁殖をあきらめ人工授精に踏み切ります。
そのかいあってかホアンホアンは妊娠、そして出産にいたります。
でも後にチュチュと名付けられる赤ちゃんはホアンホアンの下敷きになり圧死。
なにぶん初めての出産だったのでホアンホアンに罪は無いと思います。
ホアンホアンは後にトントン、ユウユウを育て上げた立派なお母さんでした。
その後ユウユウはリンリンとの交換で出国します。
リンリンがやってきた上野動物園はホアンホアン、フェイフェイ、トントンの計4頭となりますが、
その2年後にフェイフェイが死亡、約3年後にホアンホアンも亡くなります。
そしてその後、3世目を生む事無く肝心のトントンが若くして死亡してしまいます。
たった1頭残されたリンリンは中国以外の国籍を持つドイツやメキシコの個体と繁殖を試みるべく
出国と帰国を繰り返しますが、その願いはついにかなわず2008年4月に生涯を閉じ
ついに日本国籍を持つジャイアントパンダは姿を消す事となりました。

撮り溜めた写真の中にはしんどそうにうつぶせる死亡2週間ほど前のリンリンの写真があるのですが、
今その写真を見ると、とてもつらいのでここで垂れ流す気にはなれません。

現在上野はあらたなレンタル2個体の飼育展示に向けパンダ舎を改装中です。
今度こそ末永くパンダが暮らして行ければ良いなとは思いますが、
なにぶんレンタル契約なためその対価を考えると複雑な思いです。

チュチュを除くすべての個体を見てきたコチトラにとって
上野のパンダの記憶はパネルの一節の様にどこへ行くこともなく
ずぅっと心に残って行くでしょう。
スポンサーサイト

Comments: 0

Comment Form
Only inform the site author.

Trackback+Pingback: 0

TrackBack URL for this entry
http://shasinumetatechi.blog115.fc2.com/tb.php/118-5ca4a853
Listed below are links to weblogs that reference
記憶の中のトントン 恩賜上野動物園 20090201 from 写真の埋立地、もしくはカワウソ沼 -otter swamp-

Home > 恩賜上野動物園そのいち > 記憶の中のトントン 恩賜上野動物園 20090201

タグクラウド
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR

Return to page top